“僕だけのもの”  『抱きしめたくなる10のお題』
         
〜アドニスたちの庭にて より


この春は なかなかにひねくれた様相を呈しており。
時に台風並みの大風もたらす荒れようを呈した割に、
平均気温の数値をみると“暖冬”だったという冬が、
性根の悪い土産として置いてったもの。
例年よりも早咲きの桜がほころんだその翌日、
無情の雨ならぬ無情の雪が、
咲いたばかりな花へかぶさる地域もあったほど、
日替わりというペースでの、それはそれは大きな寒暖の差は、
弥生三月のみならず、桜の本番である四月まで、
いつまでもコートや毛布が仕舞えないほどの、
途轍もない寒の戻りを随分と長いこと居座らせた。
そして、これもその煽りか、

 「…何か、落ち着いて花を見た記憶がねぇんだがな。」

校庭の奥向きにある小さな洋館、緑陰館の二階。
白騎士学園高等部の生徒会を担う主幹の皆様が、
奔放な発想繰り広げる討論の場や、
重責ともなう執務のためにとお使いの部屋があり。
平均一年任期の役職なもの、
異例の2年目の春を迎えた奇跡の生徒会の皆様が、
卒業と入学という2つの大きな“式”かかわりの行事のあれこれ、
何とか片付いたと安堵の息をついた四月の下旬。
あまり自分の感慨をこぼしたりはしない性分な蛭魔が、
珍しくもしみじみした声で呟いたものだから。
この洋館の傍らにあるポプラの梢が、
少し強い目の風に叩かれ、さわさわ揺すられる音を聞きつつ、

 「忙しかったからというだけじゃなく、
  気候もおかしかったようですしね。」

小さく微笑った高見もまた、同感だとの意を示す。
学園の名物でもある桜並木も、
この春は その咲きようにムラが出ていたようで。
一番見事なこと、誰もが認める中等部の南側の一角の大桜が、
例年どおり一番最初に咲いたはよかったが、
それを追うように後をついてゆく樹がなかなかなくて。
追随して咲くお仲間がないまま、
順当に散りどき迎えてしまった大桜は、だが、
あまりに早々とその時期を終えてしまった観のあるその一角だけが、
後から咲きそろった木々に囲まれたせいで、
一本だけ葉桜という微妙な風景になってしまっており。

 「駅から登って来る坂の両側の並木にしたってサ、
  大学前のから順番にって咲きようになっちゃってたよね。」

白騎士学園系列の、初等科から大学部まで。
すべての校舎学舎が居並ぶこの一角は、
それらへと通う生徒らがJR駅から一斉に登って来る坂の図でも有名であり。
京都にも確か、
そっちは女学園の一貫教育学舎がやはり集まっている関係で、
定刻には女生徒で埋まる坂があるとか。

 ウチとお揃いだねぇ
 そっちは“女坂”って通称があるらしいですよ?
 あ、じゃあこっちも真似して“男坂”って名乗ろうか?
 おいおい、そんなタイトルの漫画がなかったか?

どこまで本気だか、そんな会話もあったらしいのはさておいて。

 「いつもだったら、
  高等部の入学式当日には、
  お向かいの中等部の桜並木が満開になるんで。
  当日のお当番を担当すると、思わぬ花見が出来ていたんだけど。」

何しろ、此処に集いしお兄様がたは、
蛭魔さんを除く代わりにセナを含めて、
初等科時代からという長きに渡り、
当地へと通い続けている身なもんだから。
どこに何があるのか、
正式じゃあないものまでもへ結構把握済みだったりし。
例えば、受付のテーブルを仕舞ってある、
講堂の用具室の前から見渡すと、
傾斜
(なぞえ)の下に
中等部の桜のほとんどという絶景を一望出来るとか。
野外音楽堂までの小道の途中に、
春萩の茂みがあって。
そこは四月中は何と1日中 日陰にならない、
格好のお昼寝ポイントだとか。

 「あ、それは俺も知ってるぞ。」

すぐ傍の桜に葉がついての育つのがGWの頃だから、
それまでは芝草の上へ陰が出来ないんだよな。
何たって人気がないんで、昼寝には持って来いでと蛭魔が言えば、

 「ちょっと待って、そんな危ないところで妖一ってば寝てたの?」
 「危ないたぁ何の話だ。」
 「だから。
  お昼寝スポットとして有名な所だったんだから、
  他にもサボりに来てた顔触れと鉢合わせなかった?」

そんな連中に寝顔とか見せてないだろね、
まさかまさか一緒に添い寝とかしてないだろね、と。
会長の桜庭さんの言動が微妙に挙動不審になりかかったので、

 「あ〜〜〜、セナくん。進はなかなか遅いみたいだね。」
 「そうですね。剣道部の引き継ぎがあるのかも知れません。」
 「だったら…。」

今日はあんまり仕事もないし、此処でお開きにしますから。
セナくんはそっちへ寄ってって、
今日は生徒会もお仕事早上がりですと伝えてくれませんか、と。
高見さんからのお願いがあったもんだから、
小さなマスコットくん、はいといいお返事をして席から立った。
新しい1年が、もう駆け出し始めてる春である。




       ◇◇◇



学校というところは、色んな意味で独立した世界。
フェンスのみにて隔てられた外の世界の常識が、微妙に通じないこともある。
例えば、ここにいるのは教職員を除けば全員未成年者だが、
それでも自分の言動への責任は、自身で取らねばならないのは当然だし。
その“責任”は、
管理する立場の大人が取らされるべき形と微妙に異なりはしても、
重さは変わらないという場合も多々あって。

 “進さんは、二年に上がってすぐ実質的にも“主将”だったものな。”

広々とした剣道場には、もう人の気配はない。
厳密に言えば一人だけ居残っておいでだが、
意識を集中しておいでか、その気配は冴えていてのただただ静謐で。
すぐ外の茂みのやわらかな若葉を揺らす風の音の方が、
大きく躍動している生き物のように思えるほど。
黒々と磨きあげられた板の間に、
ところどこ大きく開かれた戸口からの明るみを滲ませて。
そこに垂れ込めるのは、
すぐの外とは見えない壁に区別されたような空間であり。
その中央へと四角く正座した、道着姿の青年が一人。
座禅でも組んでいるかのように静かにじっと佇んでおいで。
此処へと辿り着いたセナには、
それが誰なのか、背中を見ただけですぐにも判ったが、
何故だか声をかけるのがためらわれ。
そんな相手へ付き合うように、
自分もただただ静かに戸口の前にて立ち尽くしているところ。
他の部員がいないところからしても、
部の練習上でのしきたり的なものとは思えないが。
それが進の集中修養に要ることならば、
自分は邪魔をしちゃあいけないと。
そんな風に行動できる倣いが、
セナには自然なものとして既に身についてもいるようで。
そうしていないと叱られるとか嫌われるとかいう、
付き合う上での勝手や要領じゃあなく、

 “……カッコいいなぁ。////////”

あくまでも、セナ本人のやりたいこと、
だから無理なく出て来る態度や反応なワケでもあって。
体格の大きさのみならず、
姿勢よく伸びた背中は 毅然としている彼自身の気骨も表しているし。
知性や規律をもって育まれたそれだろう、
意志の強さを示す凛々しい表情には、
寡黙であっても存在感のある頼もしさが満ちており。
不良っぽい人がいなくもない黒美瑳高校の人たちが、
白騎士の生徒らと共用している格好の、
最寄りのJRの駅付近でだけは あんまりたむろしないのも。
進に叩きのめされた先輩の伝説が伝えられていて、
それゆえ、彼と目が合いでもしたら、
引くに引けずのややこしいことに成りかねぬと言われているからだと、

 “蛭魔さんが言ってらしたけれど…。”

ややこしいことって何だろ?
たまたま目が合ったとして、
不良っぽい人がご挨拶すると間が抜けて見えるからかな?
あれれぇと、想像力に限界があってか小首を傾げたセナだったのへ、

 「…小早川。」

集中に区切りがついたか、進の方から声が掛かった。
脳裏に思い浮かべてた不良さんとは違い、
はいといいお返事を返せば、

 「……。」

すっくと真っ直ぐ、
気持ちいいほどなめらかな動線で立ち上がったお兄様。
道着の袴の裾を難なくさばいての颯爽と、
セナがいるところまでを歩み寄って来ると、

 「済まない。」

何も言わずに待っててくれたことへだろう、
切れのいい、だが深みのあるいいお声で、
詫びたというよりも“ありがとう”と感謝して下さったようであり。

 「そ、そそそんな。///////」

 あのえと、だってボクも、進さんのこと見てるの好きですし。
 こやってずっとずっと見てられたのは嬉しかったし。
 えとえと、あっ。あのあのっ、見てたなんて失礼ですよね、すいませんっ。

何だか慌てふためいた様子になったセナだったのは、
大好きなお兄様に、
思いがけなくも感謝されたのが恐れ多かったからか、それとも。
あまりの間近から…しかも低められたいいお声で囁かれたからか。
ほややんと夢見心地だったのだろ、愛らしくも蕩けそうだったお顔が、
たちまちゆで蛸みたいに真っ赤になったので。

 「…。」

おやおやと、進の方も多少は意表を衝かれたらしかったのだけれども。
目を見張ってから、でもすぐに、
ふわり、目許や頬をやわらかくたわめ、和んだお顔になってしまわれる。
そうしてのそれから、大きな手をセナの頭へ乗っけて、
ぽふぽふと撫でて下さる優しいお愛想が、

 「〜〜〜〜〜。////////」

これだけは他のお兄様がたも知らないだろう、
そりゃあ やさしい構いつけで。
他のお兄様がたどころか、
進さんのお家の方々だって知らないかもと思えば、
こんな素敵な“特別”はなくって。

 「えとあの、うっと…。///////」

温かな手のひらの重みや感触、
それより何より、
間近においでの進さんの 気配や視線や…えっとえと全部。
自分にだけ向けて下さってるのが、もうもう幸せと。
甘い感慨 噛みしめる、かわいらしい“弟くん”だったのですが。
何の、そんな含羞みを見せてくれてる姿こそ、

 「……。」

その手へ竹刀を提げてなけりゃあ、
思わずのこと、その懐ろへと抱き寄せたかも知れぬと。
そこまでを この堅物なお兄様へと思わせたほどの愛らしさだったので。
此処は引き分けということで、と。
戸口近くの茂みを縁取り、白いツツジが咲き笑っていたそうです。





  〜どさくさ・どっとはらい〜 10.04.26.


  *ちょみっと逆上って、高等部時代で書かせていただきました。
   この時期といや、
   例のアメリカからのお客様二人も現れていて、
   なかなか賑やかだった頃合いですが、
   お題ものなので そこいらは省略ということで。

   相変わらずにお手軽と言いますか、
   相手の気配だけで舞い上がれる初心なお二人ですが。
   とはいえ。
   ウチの進さんて、結構むっつりだよなぁ。
(こら)


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